登歩道 番外編【前編】『シューズ・リペアルーム』をご紹介

「キャラバン登山教室」や「キャラバン沢登り体験会」の様子などを体験ブログとして紹介している【~ 登歩道(とほみち) ~】ですが、残念ながら昨年度来、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止判断が続いてしまっています。

※8月まですべてのキャラバン登山教室/キャラバン沢登り体験会が中止、9月以降の再開については現在検討中。

そのため今回は“番外編”として、普段なかなか目にする事のできないソール張り替えの現場『シューズ・リペアルーム』の様子を前編と後編に分けてご紹介したいと思います。

登歩道 番外編【前編】≪シューズ・リペアルーム≫

概要

場所:キャラバン シューズ・リペアルーム
内容:登山靴 / トレッキングシューズ / 渓流シューズ / その他シューズ全般、ソール張り替え修理ほか
工房:修理預かり・・・状態確認・・・熱溶解剥がし・・・補修修理・・・接着加工・・・仕上げ処理

モデルによって異なる多種多用のアウトソールを取り揃えた
≪シューズ・リペアルーム≫

シューズに使用されているアウトソールはメーカーオリジナルなどを含めると、世の中には何千種類ものアウトソールが存在しています。
その中でも「登山靴 / トレッキングシューズ」や「渓流シューズ」は、異色の存在であることをご存じでしょうか。

登山靴の多くに用いられているVibramアウトソールから、渓流シューズで使用されているフェルトソールまで多種多様な種類をラインナップしている工房。

例えばお気に入りの靴があって外履きとしてよく履いていたとしたら、合成ゴム素材で作られたアウトソールは徐々に摩耗していきますよね。
普段履きであれば履きつぶすまで気にせずに履き続ける方も多いはずですが、「登山靴 / トレッキングシューズ」や「渓流シューズ」の場合はアウトソールの摩耗がグリップ力の低下を招き、スリップ事故や転倒事故にも繋がってしまう大変危険を伴う恐れがあるのです。

アウトソールが摩耗して、減ってきたから新しく買い替える。それも1つの選択肢だとは思います。でもサステナビリティ(人間・社会・地球環境の持続可能な発展)が求められている現代社会において、補修・修理などソール張り替えを行いながら愛着のある「登山靴 / トレッキングシューズ」や「渓流シューズ」を履く事は、大変重要な選択肢だと言えます。
なによりも履き込んで足に馴染み愛着がわいた靴なら、なおのこと長く履き続けたいものです。
株式会社キャラバンでは、自社で製造販売している多くの「登山靴 / トレッキングシューズ」や「渓流シューズ」の補修・修理を承っています。※一部の靴を除く。

その中でも、一番多いのが年間数百足にも及ぶアウトソールの貼り替え修理依頼。
日本全国の販売店様を経由しての依頼はもちろんの事、本社のある東京巣鴨までご持参されて直接依頼される方まで、実に多くの方々が年間を通じてソール張り替えとして「登山靴 / トレッキングシューズ」や「渓流シューズ」をお預けになられています。
そこで今回は過去に販売されお客様からお預かりしたキャラバンシューズの中から、グランドキング『GK46』『GK30』のソール張り替えの工程を追いかけます。

ソール張り替えの順番待ちをしている、過去に販売されお預かり中のキャラバンシューズたち。

どの靴も長年にわたり誰かの足元を支えてきた、思い出深い履き込まれたキャラバンシューズたち。

お預かりした登山靴やトレッキングシューズは、一足ずつリペア担当者の目視確認によって状態確認をおこないます。
可能な限りはご満足いただけるよう手を尽くして補修・修理等の対応を図っていますが、中には保管状況が良くなくソール張り替えがおこなえないほど傷みが激しい靴や、補修・修理が難しい状態の靴もリペアルームに届くことがあります。

※社外品預かりの修理品(割り増し料金)の中には、ソールを剥がすと靴底に穴が開いてしまう安価な作りのものもある。

リペア担当者のチェックを終えて次の工程に進むグランドキング『GK46』。

シューズの状態を確認

ここでお預かりしたこの登山靴(GK46)がどのような状態なのか、一緒に見てみる事にしましょう。

長年履き込んでいるわりには、状態はとても良好です。
アッパーにはヌバックレザーが使用されているモデルで本革の経年劣化は見受けられますが、汚れも丁寧に落としてあり革の硬直や割れ、縮みも見受けられません。
強いて言えば、日頃のメンテナンス時にアッパーの洗浄や撥水加工だけでなくコンディショナー成分による“本革素材の保革・保湿”も併せておこなっていると、色褪せた感じの乾いたアッパーではなくハリとコシのある、上質な状態を保てていたと思われます。

周囲を補強するラウンドラバーの状態に劣化などの割れは見受けられない。

次に足回りの剛性や足周囲補強で用いられる、ラウンドラバーの状態を見てみます。
購入から年数も経過して使い込んでいるような場合、経年劣化や摩耗によりラウンドラバーが薄くなっていたりフチが剥がれてきたり、合成ゴムの硬化による劣化で割れやヒビなどが入ったりします。今回の目視確認では、それらの症状は見受けられませんでした。
でも、このラウンドラバー部分ですが、ソール張り替えをおこなうタイミングで一緒に剥がすことをお勧めします。
何故かと言うと、このラウンドラバーはグレーに見えているミッドソールよりも内側に巻き込んで接着しているため、後からこの部分だけを張り替える事が出来ません。
依頼内容によっては修理費用を抑えるために、『ラウンドラバーはそのままで』というご要望をいただくこともあります。
でもソール張り替えに出す場合、大半は年数も経過しているので今はまだ状態が良くても次第に劣化してきてしまうため、ソール張り替えのタイミングで一緒に張り替えることをお勧めしています。
せっかくアウトソールが新品になったのに、今度はラウンドラバーだけを張り替えるためにソール張り替えからやり直しでは、かえって費用がかかってしまい勿体ないですから。

※一度接着したアウトソールの再利用は剥がれやすくなるので原則おこなっておりません。

次は本命のアウトソールを見てみましょう。
長く履き続けていると新品状態がどんな感じだったか忘れがちになりますが、すでに相当摩耗して擦り減っている状態です。
とくにブロックパターンがどれも丸みをおびているのが、写真からもわかると思います。この状態では地面との摩擦抵抗も弱まり、グリッ力の低下によって滑りやすくなってしまっています。

全体的に擦り減ってしまい、エッジが一ヵ所も立っていない状態のアウトソール。

側面から見た写真でもお分かりのように、ブロックパターンのすべての箇所が擦り減りとても薄くなっています。また、角が落ちてしまいどのブロック部分をみても一ヵ所もエッジが立っていない状態です。これではグリップ力が低下してしまい、雨降りではなく晴れた日でさえもスリップしてしまう危険があります。
今までスリップ事故や転倒事故が起きなくて幸いでした。

一方でこの登山靴の持ち主は、とても歩き方が丁寧で上手だと言えます。
アウトソール全面がほぼ均等に擦り減っていて偏りがありません。しかも、両足とも同じような摩耗具合でした。よくある話としては左右どちらか一方に偏りがあったり、片足でも内側 / 外側の部分的な箇所だけに摩耗が見受けられたりするものです。
きっと体幹がしっかりしていて、左右ともにバランスが取れた姿勢で歩かれている方だと推察しました。

ソール剥がし作業

それでは、ソール張り替えの工程に戻って見ていきましょう。
まずは、古くなったアウトソールなどを剥ぎ取る作業をおこないます。
とは言っても簡単に剥がせるようなものでもありません。まずは、しっかり接着された部分を剥がしやすくするために、熱を加えて溶剤を融解させて剥がしやすくする必要があります。

靴を作るときに必要なラスト(木型)、ソール張り替えの際も実は必須となる。
※木型と言ってもも現在は木材ではなく、硬質樹脂材で模られたラスト(木型)を使用。

台座にラスト(木型)を装着してから靴を履かせるようにセットする。

手早く修理靴に履かせるために金属靴ベラを使っておこないます。簡単なようで実はピッタリすぎるラスト(木型)を履かせるのは容易ではく、この時点から手慣れた職人ならではの作業となります。

両足の準備が出来たら、今度はオーブンの中に。
イメージ的には大型版のオーブントースターに、アウトソール面を上にして熱する感じです。
オーブンが設置されている場所は周囲よりも室温が高くなっていて、夏場の作業は暑さとの闘いでもあるように感じました。

扉を閉めてから剥がしやすくなるよう、しばらく高温で熱を加えていきます。

オーブンで熱を加え終わった状態の登山靴。

熱を加えたことでアウトソール(黒いゴム部分)が、ミッドソール(グレー色のEVA部分)から剥がれて少し浮いてきている状態。

熱い状態のうちに、トウ部分のトップエンドから剥がしていきます。
刃の無いナイフを突き立て手早く剥がします。ソール張り替えはミッドソール部分から一気に剥がします。

普段見ることのできない、足裏底の硬質フレックスボードが露出した状態。

熱で溶解した接着剤が冷えてくると剥がしにくくなってしまうので、まだ熱さを感じるうちにミッドソール部分まで丁寧に素早く剥がしていきます。
登山靴を成形した末端部分や足裏底のフレックスボードが露出しました。ラウンドラバーのない登山靴の場合はここまでで剥がし作業は終了ですが、今回はこのままラウンドラバーも剥がします。

次の工程に行く前にラウンドラバーも剥がす。

熟練の作業工程だと感じたのは、その手早さだけでなく速さの中にも丁寧さが常にあること。刃が無いナイフとはいえ、力任せに剥がしてしまうとアッパーを傷つけてしまいます。その絶妙な力加減を手で感じ取りながら、グイグイ剥がしていく様子は圧巻でした。
時にはナイフだけでなく、ペンチで引き剥がすこともするそうです。
昔みた絵本に、エンマ大王が地獄で罪人を懲らしめるためのペンチが描かれていましたが、それと同じ形をしていたのを思い出しました。

ラウンドラバーも含めて剥がし作業をおこなうグランドキング『GK46』。

思いの外、きれいに剥がせているように見えるアッパー状態。つま先の縫製部分も露わに。。

再接着しやすいようバフィング加工

続いてアッパーに付着している接着剤部分にバフィング加工を施し、再接着しやすい状態にします。微妙な触れ加減で薄く表面だけを削っていきます。
この工程ですが、以前私はサンプルの登山靴で削る作業体験をしたことがあります。強く押し当ててしまうと、アッパーまで削れてしまい靴をダメにしてしまう。慎重に触れるくらいの力加減でそっと行えば出来なくはないものの、1足終わるまでに時間が掛かり過ぎて作業が滞ってしまう。何とも難しい作業だったのを覚えています。

付着している接着剤部分のみを、手早くバフィング作業をおこない削っていく。

素手のままでのバフィング作業状況にヒヤヒヤしてしまう。

軍手や防護手袋は使わないのでしょうか。
気になって作業中の職人さんに聞いてみたところ、『もう何十年もこの仕事をしていると素手の感覚で押し付け具合を見極めているので、いまさら手袋なんてしたら誤って登山靴を削ってしまうよ』。そう笑いながら答えてくれました。

きれいに削り終えたアッパー側面。

ところで、作業現場には多くの職人がいてそれぞれが専門の工程作業をおこなっています。
しかも補修・修理はいつも同じものとは限りません。種類の異なる複数の「登山靴 / トレッキングシューズ」や「渓流シューズ」を預かるシューズ・リペアルームでは、それぞれの職人がその日の状況に応じて臨機応変に作業対応しています。

例えばラウンドラバーに接着剤を塗り、接着剤の接着力を高めるための作業をしている工程が別の場所でおこなわれていました。

鼻を突くような接着剤の臭いに負けず、黙々と作業が続く。

接着剤の粘着力が高まるまで、そのまましばらく室温に気をつけながら時間をおく。

次は別の補修・修理ラインで進められていた別の登山靴、グランドキング『GK30』の様子を見てみましょう。

後編に続く